しんどい毎日をなんとかやってく

 なんとかやってる人が、なんとかやってくために書くブログ

第一の記事

 改めて、初めまして。形成れいといいます。

 病院で誤診されて体調が悪化し、過労で倒れてから、別の病院でADHDの診断を受けました。

  父が亡くなったのは、それから間もなくです。

 ざっくり書いていますが、結構どん底な人生ですね。こんな状態の人間でも、なんとかやっているというのは、誰かの参考になるのではないかと思っています。

 

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 ブログを始めて二十日ぐらいは「ミント」と名乗っていましたが、twitterとブログを連携するにあたり、名前をtwitterと統一しました。創作で小説を書いていたときのペンネームです。

 ミントがアイコンなのは、ブログを始めた頃の名残です。

 ADHDの人の中でも、かなり特殊な経験をしていると人に言われ、これは公開すれば何かの役に立つかもしれないと思って、ブログを始めました。

 一ヶ月ぐらい前から「はてな匿名ダイアリー」でたまに投稿するようになり、ADHDの話題はブログの方がいいと思ったので、こちらにやってきました。

 

 落ち込んでいた自分が、今後良くなっていく気持ちも込めて。

 楽しい思い出が増えていくように。

 日々いつも悩んでいる人に、少しでも参考になれば。

 

 

どん底でも考えることはできる

 

 最初の記事に書くことが思いつかないので、まずは挨拶代わりに、匿名ダイアリーで書いたものを改稿した再録ですが、こんなことをよく考えています。

 真っ黒な世界でも、光る何かって、あるんじゃないかと思います。

  

 

 父が死んだとき、混乱しながら遺影写真を探した。

 今後ずっと残るけど時間がない中。

 最終的に選んだ写真は、親戚にも好評だったので良し。

 背景は塗りつぶさずに写真景色をそのまま生かした。異例だが綺麗だったからだ。

 遺影を選ぶのって、家族といえども自分じゃないわけだ。

 元々、プリクラも好きじゃないぐらい、自分写真が好きじゃない。

 そもそも人間被写体写真にそれまで興味がなかった。自分だろうが他人だろうが。

 いい景色写真は好きだが、人間が写るのって生々しい気がしていた。

 ふと気づいたが、最近自分写真を撮っていない。

 自撮りなんてしないタイプだが、いい料理写真なんかはたまに撮る。

 旅に出ても、料理写真景色写真。いつもそう。

 だいたいよく考えたら、遺影に使うような写真って、きれいなのを選ぶから他人に撮ってもらったやつを探す。

 亡くなった時と離れすぎた年齢の写真じゃ、なんか違う気がする。

 アルバムを開けば、親に撮ってもらった子どもの頃ばかり。

 人間、いつ死ぬかわからないんだから、用意はしておいた方がいいかも。

 このままだと一番年齢が近い免許写真か、大目に見ても履歴書写真遺影になる。

 死んだあとのことなんぞ気にしなくていいんだろうが、ちょっとこれでは人生しょぼい気がしてきた。

 旅行の思い出もいつか消えてしまう。記憶はなくなる。

 今後、人が亡くなったときは、家族にスマホデジカメデータを起こしてもらって、写真を選んだりするんだろうか。

 生きてるうちにいい写真を残しておくのも、家族への親切かもしれない。

 あと、自分のための自分写真を残しておこうと思った。別に人になんか見せて自慢しなくても、アルバム充実させたい。

 楽しい思い出を増やしたい。

 

元記事