しんどい毎日をなんとかやってく

 なんとかやってる人が、なんとかやってくために書くブログ

「大人の発達障害」という言葉の残酷さ

 私も大人の発達障害です。

 友人に近況を話したときに、波瀾万丈の人生だと言われました。

 自分から名乗ったわけではありません。

「ああ、やっぱり他人から見ても大変そうに見える状況なんだな」

 と自覚して、妙に冷静になったりします。

  

 現在はストラテラ80mg・黄連解毒湯・抑肝散を服用して、生活しています。

 不眠症とストレス性神経痛もあるので、頓服で痛み止めなども併用。

 先に受診した別の病院で誤診され、軽かった症状が悪くなったり、色々なことがありました。

 ADHDと診断されて、原因がはっきりしたので、ほっとしたと同時に、がっくりとした部分もあります。

 この苦悩と一生付き合っていくのかと思うと、気が滅入りますね。

 子どもの頃から困っていたのに、大人に助けを求めても、気づいてもらえなかったことで、あれこれと二次障害が出て入院になったので。

 

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 よくニュースなどで「大人の発達障害」などと言いますが、生まれた瞬間からあるものが、急に成人してから出てきたわけじゃありません。

 「大人の発達障害」ではなく、正確に言うなら「大人になるまで気づいてもらえなかった」ということ。

 困ったら困りっぱなしのほったらかしです。こうなると本人が切羽詰まってから病院に行くことになるので、対応にひどく骨が折れる。

 発達障害そのものより、ストレスであれこれ出てきてしまった二次障害の方がやっかい。

 みんな今まで、どれだけ苦労したんだろうなと考えると、笑えません。

 気づくのは早ければ早いほど、本人も周囲も被害が減ります。

 

 程度の差や、それぞれの環境の違いが関わってくるので、一概に全員同じとはいえません。

 傾向の軽い人もいれば、重い人もいます。優しい家族に恵まれた人もいれば、そうでない人もいる。

 決めつけや差別が少しでも減って、本人の工夫で暮らしやすくなれればいいですが、気づかないことには始まらない。

 よく話題になる「大人の発達障害」って言葉が生まれた背景を考えると、私は悲しくて仕方がない。