しんどい毎日をなんとかやってく

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ADHDじゃなかったら性格が違ったのか?

 夕方五時です、こんにちは。入院十三日目。
 あたたかくて今日も天気がいいです。ほぼ一日、雲一つ無い見事な晴天だったので、病室の窓から写真を撮ってみましたら、こうなりました。

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 澄み渡った青空ですね。澄み渡りすぎて、もはや何がなんだかわからない写真です。
 太陽が右側にあるので、光でわずかに白んでグラデーションになっています。

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 本日の昼食も春のメニューでした。
 五目ご飯、ワンタンスープ、ふきと筍の煮物、そぼろあんかけの揚げ茄子、マッシュポテト、デザートにチョコレートムース。
 本日はこれに、個人的に買ってきたこれをつけます。

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 近所のお弁当屋さんで買ってきた、ヒレカツとコロッケです。おまけに千切りキャベツも付けてくれました。
 お店のおばちゃんが丸いヒレカツ入れてくれたので、かぶりつくまでどっちがどっちか、分かりませんね、これは。
 おなかいっぱいです。満足したら、思いついたことがありました。

のび太ジャイアン

 ADHDの専門書を読むと、たまにのび太型(不注意優勢型)とジャイアン型(衝動・多動混合型)という話が出てきます。
 だいたいの性格の典型例なのですが、これがなかなか当たっているのです。
 女性はのび太型が多く、男性はジャイアン型が多いそうです。多い傾向がある、というだけで、女性でも手が出やすい人もいるでしょうし、男性でもぽやんとした人もいるでしょう。

 私はというと、典型的なのび太型の性格と不注意優勢型です。子どもの頃は、忘れ物の多さでよく教師に嫌われて、つるし上げられたり教室から追い出されたりしていました。現在でしたら、あれは問題になった指導だと思います。
 まあこの件に関しては、また別に独立した記事を書きたいところですね。
 今回は人格形成の話です。
 ADHDは、性格の傾向にも影響してくるんですね。たかだか脳内物質のドーパミンノルアドレナリンが、ほんのちょっと健常者より足りないだけだというのに、こんなところにまで影響してくるなんて、驚きですね。
 性格までもがADHDのせいとなると、確かにこれはもう、個性の一部としてとらえるしかないかも知れません。

もしも最初から脳内物質が足りていたら

 今となってはあり得ない話ですが、つまり私の脳内物質がきちんと足りていたら、私はどんな人間になっていたんでしょうか。
 しずかちゃんみたいな、成績優秀な淑女になっていた未来もあり得るんでしょうか? かなり盛りましたね、冗談です。

 父も母も世間体と自分たちの都合ばかりを気にして、混乱していたせいかこっちを抑えつけてごまかしたりしてたので、深く考えているとまた具合悪くなりそうです。あれこれあったことは置いといて、あの組み合わせでないと私は生まれないわけです。
 私の父と母の、あの瞬間に出会った遺伝子同士が組み合わさらないと私にならないので、ADHDでない私の存在など、絶対に無理な話です。
 同じ親同士でも、違う瞬間にできた遺伝子同士だったら、私の兄弟になってしまうだけで、私と同じ人間にはならないんですよね。
 当たり前のようですが、改めて考えると、人間一人ができる確率ってすごく低いわけです。
 もはやこうなってくると、ADHDであることは私と切っても切れない体質であり、個性としか言いようがありませんね。

 近い将来、手術による治療や、今よりも根本から解決できる治療薬が開発されたら、しゃきっとした人間になれたりするんでしょうか?
 私が生きている間は無理かも知れませんが、少しどういう性格の変化や、人生の変化が起こるのか、見てみたい気もします。

 明日は、お見舞いと面会について書こうと思います。
 では、また。